大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)1953号 判決 1980年1月31日
一九五三号事件被控訴人(以下「一審原告」という。)
全騏在
一九五四号事件控訴人(以下「一審原告」という。)
全騏在
一九五三号事件控訴人(以下「一審被告」という。)
京都朝鮮信用組合
一九五四号事件被控訴人(以下「一審被告」という。)
京都朝鮮信用組合
主文
一審原告の控訴を棄却する。
一審原告の中間確認の訴を却下する。
一審被告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
一審被告は一審原告に対し、金五五万六六四五円及びこれに対する昭和五一年五月六日から同年九月二〇日まで年三分五厘、同月二一日から支払済みまで年六分の各割合による金員を支払え。
一審原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じこれを一〇分し、その九を一審原告、その余を一審被告の各負担とする。
この判決は、一審原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(一審原告)
1 控訴の趣旨
原判決を次のとおり変更する。
一審被告は一審原告に対し、
金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和四九年五月五日から同五〇年六月一二日まで年七分三厘五毛、同月一三日から支払済みまで年一割三分三厘五毛の各割合による金員
金二七〇〇万円及びこれに対する昭和四九年六月一五日から同五〇年六月一六日まで年七分三厘五毛、同月一七日から支払済みまで年一割三分三厘五毛の各割合による金員
金五〇〇万円及びこれに対する昭和四九年六月一五日から同五〇年六月一六日まで年三分五厘、同月一七日から支払済みまで年九分五厘の各割合による金員
を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。
第二項につき仮執行の宣言
2 中間確認の申立
一審原告の請求原因の存在を確認する。
3 一審被告の控訴の趣旨に対する答弁
控訴棄却。
(一審被告)
1 控訴の趣旨
原判決中一審被告敗訴の部分を取り消す。
一審原告の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。
2 一審原告の控訴の趣旨及び中間確認の申立に対する答弁
主文第一項と同旨
中間確認の請求を棄却する。
第二 当事者の主張及び証拠関係
次に付加、訂正するほか原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する(ただし、原判決四枚目表二行目に「同2」とあるのを「同3」と訂正する。)。
一 主張
(一審原告)
1 本件預金は一審原告の父亡全炳和の遺産であり、相続人らの協議によつて一審原告がこれを取得したものである。なお、全炳和は韓国戸籍上全胤錫と記載されている者と同一人である。
2 一審原告は、中間確認の申立として、一審原告の請求原因の存在の確認を求める。
(一審被告)
本件預金が全炳和の遺産であり、全炳和と全胤錫が同一人であることは認める。
二 証拠関係(省略)
理由
一 一審被告が金融業務等を営む信用組合であること、一審被告に対し、一審原告の弟訴外全宏の名義で本件預金(預金(一)ないし(五))がされていたが、昭和四九年六月一五日右預金の名義人が一審原告に書き替えられたこと、一審原告が昭和五〇年六月一二日預金(一)の払戻を請求し、同五一年九月一八日預金(二)ないし(四)の払戻請求と預金(五)の解約通知をしたが、支払を拒絶されたことはいずれも当事者間に争いがない。
二 本件預金の帰属について判断する。
1 本件預金が一審原告の父亡全炳和の遺産であることは当事者間に争いがなく、法例二五条の規定によれば、相続は被相続人の本国法によるべきものとされているから、本件預金の相続による帰属については被相続人である全炳和の本国法を適用すべきものである。
成立に争いのない乙第一〇号証、第一三号証の一、二、原審及び当審証人全宏の証言を総合すると、全炳和は大韓民国慶尚北道義城郡鳳陽面粉吐洞八二七番地の二に本籍を有し(大韓民国戸籍上全胤錫と記載されている者が全炳和と同一人であることは当事者間に争いがない。)、明治四一年一二月二一日本籍地で生まれ、一四、五才のころ日本内地に渡来してから昭和四八年六月二三日死亡するまで引き続いて日本内地に居住し、三共化学染工場の名称で染色業を経営していたものであり、現在慶尚北道に遠い親戚が存在するだけであつて、いわゆる北鮮地域には私生活関係上のなんらのつながりを有しなかつたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。右認定の事実によると、本件において適用されるべき全炳和の本国法は、同人がその身分上より密接な関係を有する大韓民国の地域において現に通用する韓国民法であるといわなければならない。
2 前掲乙第一〇号証、第一三号証の一、二、成立に争いのない乙第一一、第一二号証の各一、二によると、全炳和は戸主であり、同人の遺族としては、妻朴〓珠、長男一審原告、二男全宏、四男全乃夫、五男全勇、他家の戸籍にある長女全久子、同一戸籍にある三女全美利である(三男全健及び二女全恵利は既に死亡している)ことが認められるところ、当裁判所に顕著な韓国民法によると、戸主相続が開始した場合における最先順位の法定推定戸主相続人は被相続人の直系卑属(嫡出)男子の中で最年長の者であるとされているから(九八四条一号、九八五条二項前段)、一審原告が戸主相続をしない特段の事情が認められない以上、一審原告が全炳和の戸主相続人となつたものであり、同時に、一審原告及びその他の遺族は共同で全炳和の財産相続人となつたものであり(一〇〇〇条一項一号、一〇〇三条一項)、財産相続における法定相続分は、戸主相続人が固有相続分の一・五(一〇〇九条一項但書)、妻が同一家籍内の直系卑属の相続分の一・五(一〇〇九条三項)、他家の戸籍にある直系卑属女子が直系卑属男子の相続分の〇・二五(一〇〇九条二項)とされている。
ところで、一審原告は、右共同相続人間において全炳和の遺産である本件預金につき一審原告の所有とする旨の分割の協議が成立したと主張し、原審における一審原告本人の供述中には右主張に副う部分があるが、右部分は、成立に争いのない甲第一二号証、一審原告及び全宏の署名押印部分の成立につき争いがなく、その余の部分につき原審証人全宏の証言により成立を認める乙第一号証、原審証人全宏の証言により成立を認める乙第二ないし第四号証、原審及び当審証人全宏の証言に照らして到底信用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、一審原告が全炳和の共同相続人の一人(戸主相続人)として同人の遺産である本件預金について有する相続分は二九分の六となることが明らかである。
三 そこで、相殺の抗弁について判断する。
1 成立に争いのない乙第九号証、原審及び当審証人全宏の証言により成立を認める乙第六ないし第八号証、右証言及び弁論の全趣旨を総合すると、(一)全炳和は、生前二男全宏の協力を得て前記のとおり三共化学染工場の名称で染色業を経営し、一審被告、伏見信用組合、京都信用金庫等の金融機関と取引をしていたこと、(二)全炳和は、生前である昭和四八年三月二〇日孫の全浩(全宏の二男)を振出名義人とし、支払期日を同年四月一四日とする金額八三九万七二四二円及び金額三九〇万円の二通の約束手形を一審被告(ただし、旧商号である朝銀京都信用組合)宛振り出して、一審被告から右手形金額と同額の計一二二九万七二四二円の貸付を受けていたこと、(三)全炳和は、右貸付とは別に、その日本名の通称久保田和夫振出名義の金額一七一六万円の約束手形を差し入れて、一審被告からこれと同額の経営資金の貸付を受け、三か月毎に遅延利息を支払つて右手形の書替えを続け、同人死亡により全宏が染色業の経営を引き継いだのちである昭和五三年三月三一日にも振出名義人、金額を従前と同じくする約束手形が一審被告に差し入れられていることが認められ、右認定を左右しうる証拠はない。
2 原審における一審原告本人尋問の結果により成立を認める甲第一四号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第五号証及び右本人尋問の結果を総合すると、一審原告は昭和五一年三月五日一審被告から五〇〇万円を弁済期同年五月五日の約定で借り受けたことが認められ、右認定を覆す証拠はない(ただし、利率の約定についてはこれを認めうる証拠がない。)。
3 一審被告が、昭和五三年九月八日の原審口頭弁論期日において、一審原告に対し、右1、2の貸金債権を自働債権として本件預金債権と対当額につき相殺する旨の意思表示をしたことは本件記録上明らかである。なお、一審被告は、右1の全炳和の債務については、一審被告がその九分の一を相続したものとして右九分の一相当額と相殺する旨の主張をしているが、右主張は、本件において適用されるべき相続準拠法の誤解に基づくものであり、この点は法律的見解の誤りにほかならないものと解せられるから、以下叙上のところに従つて判断を進める。また、1の貸金債権に基づいて生ずる遅延損害金債権については、その金額を確認する的確な資料が存在しないから、これを自働債権とすることはできない。
4 一審原告は、全炳和の相続により、本件預金及び同人の前記1の債務につきそれぞれその二九分の六を承継したことは叙上のとおりであるところ、前記相殺の意思表示により、民法五一二条、四八九条、四九一条に従い、まず右1の債務の二九分の六と相殺適状時において差し引きすると、預金(一)の二九分の六は相殺適状の時(昭和五〇年五月四日)において元利合計額(四四四万二〇六八円)の全部につき、預金(三)の二九分の六は相殺適状の時(同月三一日)において元利合計額(一〇万二一六七円)の全部につきいずれも消滅し、預金(二)の二九分の六については、相殺適状の時(同月三一日)において利息全額(三八万〇一七二円)及び元金のうち一一七万〇一九四円が消滅して元金残額四〇〇万二二一九円となることが計算上明らかである。
次に、前記2の一審原告の債務と相殺適状の時(昭和五一年五月五日)における差引計算をすることとなるが、本件預金の満期後払戻請求があるまでの間の利息に関する当裁判所の判断は、原判決理由第五項(原判決七枚目裏七行目から八枚目表末行まで)と同一であるから、これをここに引用する。そうすると、右相殺適状時において、預金(二)の残元金及び普通預金の利率に従つて算出した利息(一〇万一七五四円)の合計全額(四一〇万三九七三円)、預金(四)の二九分の六(三一万八六二〇円)及びこれに対する満期までの利息と満期後の前同様の計算による利息(計三万一一二五円)の合計全額(三四万九七四五円)はいずれも消滅し、また、預金(五)の二九分の六(一〇三万四四八二円)については、これに対する右相殺適状時までの利息(六万八四四五円)の全額及び元金のうちの四七万七八三七円が消滅したものというべきである。したがつて、一審原告は、一審被告に対し、預金(五)の残額五五万六六四五円及びこれに対する昭和五一年五月六日から解約通知(払戻予告)をした日の二日後である同年九月二〇日までは約定の年三分五厘の割合による利息(通知預金はその約款上払戻日の二日前に払戻予告をしなければならないものとされていることは、当裁判所に顕著である。)、同月二一日から支払済みまでは商事法定利率(預金(五)が商行為によつて生じた債権であることは明らかである。)による年六分の割合による遅延損害金の各支払を求める権利を有するが、その余の本件預金債権は有しないものといわなければならない。
四 中間確認の申立について
一審原告の当審における中間確認の申立は、本訴の訴訟物である権利そのものの確認を求めるものにほかならないから、民訴法二三四条一項所定の要件を欠き不適法である。
五 以上の次第で、一審原告の本訴請求は、右認定の限度で理由があるが、その余は失当であり、中間確認の訴は却下を免れない。
よつて、一審原告の控訴を棄却し、一審被告の控訴に基づき、右と判断を異にする原判決を変更して、右認定の限度で一審原告の請求を認容し、その余を棄却し、また、中間確認の訴を却下し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。